院長ブログです
母の卵焼きは、少しだけ甘い。子どもの頃はそれが当たり前で、高校生になると、味わうこともなく急いで食べていた。反抗期の頃には、お弁当を受け取っても「うん」としか言わない日が多かったし、「また卵焼き?」なんて、今思えばかわいげのないことを言ったこともある。
久しぶりに実家へ帰った朝、母が父のお弁当を作っていた。卵焼き、焼き鮭、すき間に詰めた煮物。「この感じ、学生の頃のお弁当を思い出すね」と言うと、母は卵を巻きながら、「そうかもね」と笑った。
母に頼まれて食器棚の引き出しから輪ゴムを探していると、奥から古いノートが出てきた。表紙には油じみがつき、角も少し丸くなっている。何気なく開くと、母の料理のレシピが事細かに書き込まれていた。卵焼きのページの端には小さな字でメモが残っていた。
「綾は甘すぎると残す。砂糖は少なめ。でも疲れている時は多めにする。」
ページをめくると、私の名前が何度も出てきた。にんじんは小さめ。試験の日は食べやすいおにぎり。元気がなさそうな日は、好きな鮭を入れる。私は、母のお弁当を毎日同じだと思っていた。けれど母は、その日の私を見て、少しずつ中身を変えてくれていたのだ。
「こんなことまで書いてくれてたんだね」と、私が言うと、母は照れたように笑った。「忘れちゃうからね」
自宅に戻った翌朝、私は卵を二つ割った。砂糖は少なめにしたつもりだったけれど、うまく巻けず、少し焦げた。それでもお弁当箱に入れて、スマホのメモに一行だけ書いた。
「卵焼きは弱火。砂糖は少なめ。今度、母に聞く」