院長ブログです
普段はほとんど料理をしない私だが、ある週末、妻の帰宅が遅くなることになり、夕食を任されることになった。
メニューは子どもたちのリクエストでカレー。箱の裏に書かれた作り方を読みながら、慣れない手つきで包丁を握ったら、ジャガイモとニンジンは大きさがバラバラ、玉ねぎは少し焦がしてしまった。
出来上がった鍋を前に「これは大丈夫なんだろうか」と内心冷や汗をかきながら食卓に並べると、「なんか大きさがバラバラだね」と子どもたちに笑われてしまった。思わず「やっぱり?下手でごめんね」と口にすると、すぐに「でもおいしい!」「パパが作ってくれたのが嬉しい!」と声を揃えてくれた。その言葉に胸の奥がじんわりと温かくなった。
翌週、妻が作ったカレーを食べていると、子どもたちが「またパパのカレーが食べたいな」と言い出した。思わず、「見た目も味もママのほうが上手なのに、どうして?」と尋ねると、子どもたちは「だってパパのカレーはパパにしか作れない味だから」と笑顔で答えた。料理の出来不出来ではなく、自分が作ったからこそ子どもたちにとって特別な味になるのだと気づかされた。
また妻が不在の日があり、私は再び台所に立った。不器用でも自分にできることをすればいい。
そう思いながら包丁を握り、堂々と鍋をかき混ぜる。野菜はやはり不揃いだが、子どもたちが
「今日もパパのカレーだ!」と嬉しそうに声を上げた。家族の笑い声が台所に響くと、料理のぎこちなささえ、かけがえのない時間の一部に思えた。